
地域に暮らす若い人たちの声をラジオで届けたい。
そんな思いから、ラジオに出てみたい中・高・大学生たちが自由に集まって、語り合う番組を企画しました。
タイトルの「発信!じゅーだいスクランブル」は、
・戦闘機の緊急発進(重大スクランブル)
・中・高・大学生などが混ぜこぜ(十代スクランブル)
という二重の意味があります。
今を生きる十代の若者が、切実に思うこと、伝えたいことは何なのか。
番組づくりを通して、一緒に考えていければと思います。
第33回となる今回は、中・高・大・院まで、13人が集結。
・たけと(院2)
・しおん(大2)
・くれは(大2)
・れい(大1)
・鈴(大1)
・カノン(高2)
・充足(高2)
・あやね(高2)
・たいせい(高2)
・ちひろ(高1)
・そら(高1)
・たいし(中3)
・しんのすけ(中1)
今回のテーマは・・・
AI
特にここ数年、急速に進化・普及してきた「AI」。
これまで考えられなかったような分野、音楽や動画、小説まで、人間をしのぐクオリティの作品がAIによって生み出され、業務や悩み相談でも、AIが手放せなくなっている・・・今は人類史上、稀に見る大きな転換期なのかもしれません。
上手く使いこなせればいいのですが、AIの急激な台頭に不安を覚える人も多いでしょう。
今、私たちはどんな風にAIと付き合っていくべきなのでしょうか?
●AIの使用頻度
毎日・・・・・3人
週2、3回・・8人
月に数回・・・1人
生涯で1回・・1人
●使っているAIの種類
れい・・・・ChatGPT(ファクトチェック)、Gemini(英語を聴く)、Claude(調べもの)と使い分けている
あやね・・・Grok(Xと連携)をめっちゃ使っている
たけと・・・ChatGPTのみ使用
しんのすけ・ChatGPT(勉強でわからないところ)、Gemini(公園の野鳥を調べるなど)
カノン・・・主にChatGPT(数学の問題の過程など)とGrok(わからないこと、相談など)
鈴・・・・・ChatGPT(寄り添い)、Claude(辛口アドバイス)
充足・・・・ChatGPTとGemini(動画・画像生成して遊ぶ)
くれは・・・Gemini(料理や服装の相談)
しおん
「服屋でバイトしてて、商品の服を自分で着ないといけないので『一番着回ししやすい服は?』とAIに相談します」
みなさん、既にいろいろなAIを、用途に合わせて使いこなしているようです。
その一方で、こんな意見も。
たいし
「情報を知る過程をAIに丸投げしてしまうのは、どうなんでしょうか?」
ちゃんと自分で本を開いたり人に聞いて教わることで、学びになる。
簡単に情報が手に入りすぎると、情報の価値が下がってしまう気がして、僕はAIを使っていません。
確かに・・・何となく「こんなに手軽に情報が入って、いいのかな」という後ろめたさも、無いとは言えません。
・AIに聞いてそのまま鵜呑みにするのではなく、調べ物をする「きっかけ」にしている
・最初は自力で調べたり文章を書いたりして、慣れてきたら時間短縮の意味でAIを使う
・AIの回答が正しいか見抜くために、自分で調べるプロセスは大事
・なるべく自力でやって、行き詰まったり時間がないときにAIを使う
AIを使えば便利なことは間違いありませんが、ある意味「慎重さ」もあった方がいい。
そんな意見が出てきました。

●AIに悩み相談は、あり?なし?
昨今は、AIに悩みを相談することも普通になってきたようです。
人間より親身になって聞いてくれて、適切なアドバイスをもらえる・・・。
みなさんの意見は?
・恋愛や友人関係に悩んだとき、めっちゃ相談する(客観的に見てくれるので)
・恋愛相談で使ったことがある。嬉しいこと、悲しいことにも寄り添ってくれる
・人間同士がぶつかって相談するからこそ「良さ」がある。AI頼みでは人間として成長できない
・AIは公正、公平に判断できるが、人の関りは合理性だけではない
・喧嘩してると相手を悪く見てしまうので、落ち着かせる意味でAI
・AIなら誰にも知られず相談できて、漏えいされることもない
・AIに相談することで自分の考えを整理できる
・全ての人と深い関係を築く必要はない。割り切って上辺だけで済ませたいこともあるから、AIは「あり」
●学校の課題、レポート、作文、論文にAIを使うのは
AIの進化により、人間が書いたのと見分けがつかない、むしろ上回る文章が秒で生成できるように。
レポートや論文に苦しむ学生には夢のような話ですが、ズルしてるようで・・・。
たけと
「2年前、大学(学部)の卒論を書いたときは、AIの文章がまだ信頼できるレベルじゃなかったので、使いませんでした。でも今は使用に耐えるレベルなので、使ってもいいんじゃないかな。もちろん、その内容が正しいかチェックする能力は人間に求められます」
大学でも、先生によって「AIはダメ」という人もいれば、「AIオールオッケー」という人も。
今後、時代はどんどんAI容認の方向に進んでいく、その際に使い方がわからなければ、社会から取り残されかねません。
とはいえ、最初から最後までAIに丸投げしてたら、文章を書く力が身に付かなくなるのも心配です。
そこで、AIの支援は受けながらも(誤字・脱字チェックなど)、基本的には自分で書くという姿勢が必要、という共通理解にたどり着きました。
●AIに取って代わられる職業は?
AIがもたらす効率化により、これまで多くの人手と時間を要していた事務作業が一発で完了。
企業にとっては省力化で人件費が浮いて、ウハウハです。
その分、AIに仕事を取られる人が今後急増しそうで、この先どうなっちまうんでしょうか。
<代わられるもの>
・PCを使った単純作業は近いうちにAIに代わられる
・将来、AI×ロボットが普及すれば、肉体労働も取って代わられるだろう
・アプリやホームページの開発など、素人がAIで作れるからプロが不要になる
・ファストフードの配膳なども人が要らなくなる
<代わられないもの>
・高級レストランなどのサービス
・広告やデザイン(AIだとどれも似たような感じになる)
・裁判官や弁護士
たいし
「一旦AIに置き換わっても、人間の良さが見直されて、また仕事が戻ってくるのでは」
●子どもの名前をAIに考えてもらうのは
「ありだと思う人は、挙手を・・・」
挙手:ゼロ
ふーっ、良かった(?)。
将来、「AIで命名」される人も出てくるでしょうが、自分の名前がAIに決められたと知ったら嫌だなあ、というのが現段階の若者たちの意見でした。
それも、AIネイティブ世代が親になる頃には、価値観が変化しているかもしれませんね。
AIの進化速度は想像を絶するもので、もたらされる社会の変化は、正直付いていくのがやっと。
2年後、3年後のことすら、予測不能な世の中です。
そんな激流に翻弄されるかのような、今を生きる私たち。
割り切ってAIをどんどん使いながら便利さをひたすら享受するのか。
AIは使いながらも、芯のところでは人間の力を信じて、完全な依存は避けるのか。
ストイックに、AIとは距離を置き続けるのか。
人類の一人ひとりに、そのことが問いかけられているのかもしれません。
AI全盛の世の中になっても、こんな風に13人も若者がスタジオに集まって、人と人とのやり取りを楽しむ・・・こんなアナログな「良さ」も、ラジオならではじゃないでしょうか。



